日記 / 21-01-30 / 八幡八幡、蒲田のベトナム、エモまる

●別件で先に家を出た妻と午前10時ごろ合流して出かけるつもりが、目が覚めたら昼の12時50分だった。もはや急いでもしょうがないので悠然と身支度をして、麗かな真冬の晴天を楽しみながら歩いた。その間のLINEのやり取りだけは光の速さでこなすことを心がけた。ソフトバンクの回線だが心情的には光ファイバーである。妻は「キレる」という感情表現をしない。「身に降りかかる全ての不具合は想定内である」という態度で人生に臨んでいる。見習いたい。

●食事を摂らずに家を出たので駅までの道にある和菓子屋で素甘(←好物)を買おうと思ったら今日は売っていない。手を怪我したので素甘が作れない、とおばちゃんは言う。でも大福は売っている。だから大福を買った。素甘は作れないが大福は作れる。その違いを想像しながら歩き食いをした。大福は巨大でとても美味しかった。

●「やわたはちまん」へ行く、と妻は言う。しかしそれは漢字で書くと「八幡八幡」になってしまう。うっかりミス的言い間違いである。それではまるで「キャンディキャンディ」みたいではないか。「なぜかいつも間違える」と妻は笑う。目指しているのは、正しくは早稲田にある「穴八幡宮」である。「一陽来復」のお札をいただきに来たのである。

●節分に貼るお札なので直前の週末でもある今日は長い行列ができていた。しかしコロナ禍の影響もあるのだろうか、お札をいただく窓口の数が増えていてサクサクと進む。それとは別にお参りの列もあり、そちらも長い。しかし列の進みは悪そうだ。列から離れた場所で軽く手を合わせお参りとすることにした。

●「アイドルライブを見にライブハウスには来たが客入りがパンパンでだるいのでライブは諦めてランチェキだけ買って帰ろう」そんな感じだろうか。相手が神様なので多分違うと思う。

●妻と蒲田のベトナム料理店ティティで食事。来るのは久々。評価が高い店である。美味い。とても美味い。全てが美味い。ベトナムはすごい。尊敬したくなった。蒲田にはベトナムがある。行ったことはないがここは確かにベトナムだ。

●余談だがベトナム語は文法的に、日本語のSOV形式に対して英語や中国語と同じSVO形式なのだが、名詞修飾が日本語とは逆の「名詞+修飾語」となるそうで、発音も含めベトナム人の日本語習得はいろいろハードルが高いらしい。日本に働きに来る若いベトナム人が増えている中、日本人として応援したい気分である。

●食事で酔ったので妻と別れてドトール。今日は推し店員・H本さんがいた。化粧っ気のない淡々としたクール美人なのである。無造作に後ろにまとめた髪とおでこの対比が美しい。おでこの形が美しいのである。おでこは重要。彼女を見るといつもそう思う。

●音楽を聴きながらアイスコーヒーを2杯。途中1曲だけビートルズを挟んで全てアイドル曲である。ロック系アイドル曲はいい。特にSAKA-SAMAはキュートとロックが無理なく融合していて素晴らしい。それ以外のグループもランダムで聴く。

●「サウンドの作り」はもとより歌詞にどうしても耳がいく。アイドル楽曲だからこそ「自己表現」としてはこそばゆいような言葉の選び方も思い切ってできる。そういうこともあるんじゃないだろうか。「可愛い女の子に歌わせる」として作ったその思い切った先に人を感動させる言葉は生まれる。そう言ってもいいんじゃないだろうか。続け様に何曲も聴いて泣いてしまった。少し早めの花粉症のふりをした。

●タイツの絵はどうした。そう、ちゃんと描いている。息を吸って吐くようにタイツの絵を描く。オレはそういう男だ。去年のアツギの炎上案件で世の中には綺羅星のごとく多くの「タイツ絵師」がいることは確認できた。オレはその輝く星座群に並ぶスキルを身につけることができなかった。「スキルがない」は「無価値」と同義であり、「無価値」とは存在している意味がないということである。しかしオレはオレで、オレでしかない。タイツが好きだ。あ、今日はスケッチなんで未着色。